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2015年4月26日 (日)

最後のお別れと、火葬が済みました。

おとといの夜、私たち家族のもとから旅立っていったみみちゃん。

昨日の午後、無事に火葬を済ませることができました。

本当はもう少し日程をゆっくり取り、フワフワのお毛毛の姿のみみちゃんと一緒に最後のお別れの時を過ごしたかったのだけれど、うちの親が今日から旅行の予定が入っていたため、昨日の火葬となりました。

よく考えてみると、家族思いで頭の良いみみちゃんは「旅立ちの時」も自分なりにしっかり考えていたのかもしれません。

金曜日の夜なら家族全員が揃い、次の日は土曜日でみんながお休みだということ、日曜日には親が旅行の予定がある・・・。優しくて頭の良いみみちゃんはそういうことを思いやってくれたんじゃないか、そんな気がしてなりません。親は旅行をキャンセルするつもりだったらしいけど、結果として、旅行には参加できることになりました。

 

昨日土曜日は、朝からとてもいいお天気でした。気温も湿度も日差しも、一年の中で最上と言えるほどの快適な天気。

朝目覚めて、いつもなら枕元にいるみみちゃんの息づかいや動いている音を確認するのだけれど、昨日はもうそれをする必要もなくなってしまった。みみちゃんが横たわるベッドに「おはよう」と声をかけました。返事はない。フワフワのお毛毛。横を向いて寝んねしている姿が、いまにも起き上がるんじゃないか、という錯覚を覚えるほど穏やかで可愛らしい表情。いつもなら息遣いとともにお腹がフウフウと上下に動くけど、やっぱりもうお腹は動いてはいない。体を撫でたけど、冷たさは感じない。でも、温かくもない。

早すぎると分かっていてもいつもの癖が身についてるから5時過ぎには起きて、着替えて、いつもなら庭に出て物置からみみちゃんの掃除道具一式を運んでくるのだけれど、それももう必要ない。12年近くも毎日毎日繰り返してきたことが、急にもうやらなくてよくなったといわれても、なんだかすごく変な感じ。

 

亡くなったのが前日の23時過ぎだったから、お花が手元になくて、お店が開く時間を待って急いでお花を買いに行きました。みみちゃんの横たわるベッド周りを祭壇ぽく飾って、お線香をあげました。お世話になった知人や親戚に電話をしてみみちゃんが亡くなったことをお知らせ。お昼過ぎに知人の方がお線香をあげに来てくれたり。火葬は午後5時の予約だったけど、業者さんから電話が来て、早めに進んでいるのでうちに来る時間も少し早まりそうとのこと。フワフワの姿のみみちゃんと一緒にいられる時間ももう本当に最後なんだな、と思ってずっとみみちゃんのお毛毛を撫でながら過ごしました。機械的に何か作業をしている時は涙も出なかったけど、みみちゃんの姿を見るとやっぱりどうしても涙があふれ出てきてポロポロとみみちゃんのお毛毛の上に私の涙が零れ落ちた。

最後に、みみちゃんが横たわるベッドを母と二人で抱えながら、約12年間いつもみみちゃんが遊んでいた家の中のコースを順番に回りました。

 

いつも、朝のお掃除の時間にまずはここに出てきて遊んだ玄関ホール。

 

 

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朝と夜のお遊びの時間、みみちゃんが最も長く遊んでいたリビング。

 

 

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大好きだったシャルルマーニュおじさんにも最後のお別れのあいさつをして。

 

 

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冬から春にかけてずっと窓辺で日向ぼっこを楽しんだ和室。

 

 

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もうみみちゃんが自分の足で歩くことはないけれど、思い出のいっぱい詰まった家の中を最後に一通り回ることができました。

 

 

そして午後3時半頃、火葬の業者さんの車が来ました。

事前の電話では、住宅街の真ん中なのでどこか広い場所へ移動する必要があるかもしれないと言われていましたが、業者さんが見て「ここならば大丈夫です」と言うことで我が家の庭の駐車場に車を停めたまま火葬ができることになりました。

 

みみちゃんが一番好きだった我が家、昔よく庭んぽして遊んだ慣れ親しんだ場所、その場所で家族に見守られながら火葬できるなんて、みみちゃんにとっては最高の旅立ちだと思いました。暑くもなく寒くもなく、温かく柔らかな西日が当たる場所で、春になって咲き始めたお庭のお花たちに囲まれて。優しくて可愛いみみちゃんらしいね。

 

 

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家族の手で炉の中へみみちゃんの体を横たえ、体の周りにお花や果物やブロッコリーを並べてあげました。合掌して、本当に本当にフワフワのみみちゃんの姿とは最後のお別れ。

お空に昇っていくみみちゃんを思いながら火葬が終了するのを静かに待ち、最後はお骨をひとつひとつ家族の手で拾い上げ骨壺に納めました。今までみみちゃんがいつも過ごしていた場所に、ケージを片付けて、祭壇を作りお骨を安置しました。

 

 

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みみちゃんは穏やかに立派に旅立ちました。

みみちゃん、本当に、ありがとう。ありがとう。ありがとう。

こんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど、もうこれ以上ないというくらい、最後のお別れは悔いなく、みみちゃんをしっかりと見守り旅立たせてあげることができた、そう思っています。お天気がよかったことも、時間帯がよかったことも、場所がよかったことも、みみちゃんの優しい性格のおかげだね、と家族で話しました。

 

まだフワフワの姿が残っていた時はみみちゃんが亡くなったと実感できなかったけれど、小さなお骨になって、本当にみみちゃんは旅立ってしまったんだなと実感が沸いてきました。

 

 

「ひとつの時代が終わった」

火葬が済み、みみちゃんがお骨になり、今はそういう気持ちです。

日本の歴史の中で江戸時代が終わり明治時代になったみたいに、私の人生の中で、2003年7月25日に始まった「みみ時代」という大きな時代がついに終わり、次の新たな時間を過ごす時が来たのだなという感じです。

みみちゃんがいなくなってしまったからといって、私の中でみみちゃんが消えてしまうわけではありません。

みみちゃんと私は12年近くもの時間を毎日毎日一緒に過ごし、確実にお互いの存在が相手に影響を与え合い、価値観すら変わってしまうほどみみちゃんからはいろいろなことを教えてもらい、みみちゃんは私の人生に絶大な影響を与えた存在です。

今後の私の人生の中でみみちゃんと共に生きた時間が土台となり糧となり、みみちゃんと共に過ごした時間の延長上に私の人生は続いていきます。私の隣にみみちゃんはもういないけれど。私の心の中に、私の人生の中に、私という人間そのものの中にみみちゃんは確実に刻まれ生き続けています。

 

 

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今は寂しくて頭がおかしくなりそうだけれど。

12年近くも、毎日毎日やってきたことが、すべてもうやらなくていいこと。

ブロッコリーの葉っぱの在庫を気にしたり、室温を気にしたり、マニキュアを塗る時の匂いも、料理をした時の手のに匂いも、くしゃみだって電気をつける音だってドアの開け閉めだって、何もかも気にせずによくなってしまった。何時に起きたっていい。何時に家に帰ってきたっていい。みみちゃんが病気で苦しいんじゃないかという心配だってしなくていい。

 

みみちゃん、と何百万回呼んだことだろう。

何百万回、何千万回、みみちゃんのフワフワのお毛毛を撫でただろう。

みみちゃんのおかげで何千万回笑い、どれほどの幸せを感じ、愛情を感じ、温かさを感じ、安らぎを感じたことだろう。

どれだけの時間を、どれだけの愛情を与え合って、ともに過ごしたことだろう。

 

みみちゃんのいない家の中は寂しくて静かすぎて寒くて広すぎてひとりで過ごすことができず、今日は近くに住むお友達が夜ご飯の時間に遊びに来てくれることになっています。

まだまだしばらくは私の精神状態も不安定で、寂しくて悲しくて、心がちぎれそうになるかもしれないけれど、みみちゃんが心配しないように、少しずつでも、新しい自分の生活ペースを作っていかなくてはいけないと思っています。

 

みみたん。

みっきぃちゃんのことは心配しなくて大丈夫だからね。それなりにちゃんと頑張ってるし、周りにいるたくさんの人たちの優しさに支えられて生きているからね。人の優しさってありがたいね。そして、みみちゃんがくれたたくさんの温かい思い出にも支えられているよ。

 

 

★前回の記事に心のこもった温かいコメントをくださった皆様、ありがとうございます。皆様のお気持ち、本当に身に染みてありがたく思います。心の優しい素晴らしい方々に出会えたことも、すべてみみちゃんのおかげです。お返事、もう少しお待ちください★

 

 

 

 

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