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2015年4月19日 (日)

余命宣告を受けて。

4ヶ月ほど前からずっと、書いては消し、書いては消し・・・、この事をブログに書くことができないでいました。

現実を受け入れたくないという私の気持ちがそうさせていたのかもしれません。

ただ、あれから時間が経ち、今は、冷静に現実を受け入れ、自分でも驚くほど穏やかに日々を過ごすことができています。

 

この事を書けるようになるまで4ヶ月という期間を要しましたが、本日皆様に、ご報告をします。

 

 

2014年11月30日。

いつものかかりつけとは違う動物病院へみみちゃんを連れて行きました。

触診とエコー検査の結果、次のような診断を下されました。

 

 

肝臓がん、もしくは肝硬変。

手術は不可能。

余命三か月。

 

 

 

聞いた瞬間、世界が止まりました。

泣くのを通り越して、周囲の世界が止まったような、温度も湿度も音も光も重力も時間も何もかもが消え失せ、世界から切り離されたような、おかしな感覚にとらわれました。あまりの巨大すぎる感情が一瞬のうちに押し寄せて、私の頭はその感情を処理しきれずに、おそらく、感情の回路が遮断されてしまったのだと思います。

それから2週間ほど、私の精神状態はすさまじく不安定でした。

どこにいても何を見ても涙が出る、何を食べても何の味もしない、車のスピードの感覚もわからない、大好きな大好きなみみちゃんがいなくなってしまうことの絶対的な恐怖と不安、「誤診にきまってる」という病院への敵意のような感情、「体重が減ってしまった原因はやっぱり肝臓の病気のせいだったのか」と納得してみたり、「どうにか手術できる病院がどこかにないだろうか」というかすかな期待を抱いてみたり。

絶望してみたり希望を持ってみたり、信じたり疑ったり、泣いたり、怒ったり・・・。

みみちゃんの前で泣いてはいけないと分かっていても、丸くてフワフワして、小さくなってしまったみみちゃんの背中を見ているだけで、心が張り裂けそうになり、溢れ出てくる涙をこらえることはできず、時には大声をあげて号泣してしまいました。

私の不安定な感情は当然みみちゃんにも伝わっていて、みみちゃんは私の前で一生懸命大きな牧草を食べて「元気だよ」とアピールしてみたり、悲しそうな困ったような表情をしてみたり、本来なら私がしっかりしなくてはいけないのに、病気のみみちゃんに私は一番やってはいけないことをしてしまいました。

 

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うさぎの肝臓がんや肝硬変に関していろいろ調べましたがほとんど情報が出てきません。

肝臓がんになるうさぎが珍しいのか、それとも、肝臓がんになる前に別の疾患で亡くなるケースが多いのか、そもそも、肝臓がんという診断をつけられる病院が少ないのか、理由はわかりませんが、うさぎの肝臓がんはそれほど多くはないようです。

 

この数ヶ月で私が調べたり数人の獣医さんに聞いた話を総合すると、やはり、うさぎの肝臓がんの手術はほぼ不可能である、もしくはあまりにもリスクが高すぎるということ、肝硬変であるなら手術は不可能だし進行を遅らせる投薬治療しか方法がないということ、いずれにしても、回復はほぼ見込めない病気であるようです。人間でも同じですが、肝臓は「沈黙の臓器」とも言われ、ほとんど症状が出ず、症状が出たころにはかなり病気が進行しているケースが多いようです。

 

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診断を下されたのが2014年11月30日。

その後、12月、1月、2月と寒い季節を元気に過ごし、食欲もあるし排泄も普通だしお遊びもいっぱいして、「元気そのもの」でした。その間の様子はこのブログに書いている通りです。クリスマスもお正月もひな祭りも本当に幸せに穏やかに過ごすことができました。

そんな元気なみみちゃんの姿を見ていると、何度となく「誤診ではないだろうか」と思いました。病気のことなど忘れかけて、私も次第に今までと同じように大声で笑ったり遊んだりすることができるようになっていました。

 

2015年3月12日。朝ケージのお掃除をしようとしたところ、おしっこの色が明らかにいつもよりも濃い色でした。ニンジンジュースのような鮮やかな濃いオレンジ色。

かかりつけの動物病院で尿検査をしましたが、その日の尿では「異常なし」。

次の日も同じようにオレンジ色のおしっこが出たので、再び動物病院で尿検査。肝機能を表す「ビリルビン」がプラスの反応でした。

以降、ずっとオレンジ色の尿が続いています。

 

みみちゃんは見た目には何も変わっていません。

体重はかなり減りましたが、食欲もあるし、元気にお遊びもします。

ただ、目に見えない体の中では何かが確実に変わっているのです。

悲しいけれど、心がちぎれるほど辛いけれど、それが現実です。

私は、時間はかかったけれど、現実をきちんと冷静に理解して、受け入れました。

みみちゃんの前ではもう泣きません。蔭では泣いても、みみちゃんには笑顔で接し、お互いに元気を与えあえるように明るくしています。それが飼い主として私にできる最大のことだと思います。

 

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病気の診断を下されて以来ずっと、みみちゃんのケージの横に布団を並べて寝ています。

毎日寝る前に必ず「2015年○月○日、今日もみみちゃんとみっきぃちゃんは同じ時間を共有し一緒に仲良く過ごすことができました。幸せだね。ありがとう」と言っています。

余命宣告をされたときはショックと混乱と悲しみしかなかったけれど、それと同時に、みみちゃんと一緒にいられる時間がどれだけ貴重で幸せなことなのか心の底から分かりました。  

今はただ、みみちゃんと一緒にいられことの幸せをかみしめ、一日一日を、一瞬一瞬を、大切に暮らしています。

あたたかくて丸くて柔らかくて、この上もなく可愛くておりこうさんのみみちゃん。

みみちゃんが寂しくないように、寒くないように、怖くないように、不安にならないように、私はみみちゃんの隣にいます。最後まで。

 

みみちゃんに対して、頑張って、とは言いません。

我慢して頑張るんじゃなくて、普通に生きて、最後まで普通に生きて、普通に生きることが終わったら、それが「寿命」なのだと思います。

こういう風に落ち着いて考えられるようになったのは、結果として、余命宣告されたことに多少でも意味があったのかと思います。

 

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この数か月間、現実を拒否したくなったりもがいてみたり苦しいこともあったけれど、みみちゃんが元気に過ごしてくれているおかげで、今まで気付かなかったたくさんの幸せをかみしめることもできました。

余命3ヶ月と言われたけれど、別の獣医さんが言うには、「どの数値がどのくらいなら余命がこれくらいと判断するのは不可能」とのことです。

みみちゃんには、みみちゃんの寿命を、最後まで穏やかに過ごしてほしい、今はただただそう願うばかりです。

 

 

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